オルドスの風プロジェクト「有限会社バンベン」 坂本 毅

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まずはプロフィールと有限会社バンベン立ち上げまでの経緯を教えてください。

最初に略歴を言いますと…

略歴(坂本 毅)
1965年12月:福岡県北九州市に生まれる。
1984年3月:福岡県立戸畑高等学校卒業
1991年3月:明治大学商学部卒業
1991年7月~1994年7月:
青年海外協力隊隊員として中国内モンゴルに赴任。オルドスモンゴル族高校で日本語を教える。
1995年~2000年:大阪で中国関係の仕事に就く。
2001年2月~2004年2月:JICAボランティア調整員として中国北京に赴任。
2004年10月:個人事業「バンベン」を設立。
2006年2月:有限会社「バンベン」を設立、現在に至る。

私は青年海外協力隊隊員として1991年7月から3年間、中国内モンゴル自治区オルドスのモンゴル族高校で日本語を教えました。言葉が通じず、生活習慣も大きく違うオルドスでの活動は大変でしたけど、素直で明るい生徒たちや親切な先生たちに囲まれ、3年間有意義に過ごすことができました。
そして、オルドスの人たちとの交流が深まってくると、オルドスが抱える深刻な問題、「砂漠化」のことについても深く考えるようになりました。実際、生徒たちから聞いた数々の砂漠化の話にはすさまじいものがありました。砂丘に家を呑み込まれて、移転を余儀なくされた者もいました。私自身、砂嵐で死にそうな思いをした経験もありますし、オルドスから舞い上がる微小な砂が黄砂として日本に降り注ぐということも知りました。また生徒たちと砂漠で植林をする機会もあり、どうやったらこの砂漠化を食い止めることができるのか、重い宿題を背負ったような気がしました。
それから9年経った2003年夏。オルドスで同窓会が開かれ、たまたま僕も参加することになりました。私が教えていた生徒たちはいつの間にか立派な大人になっていました。オルドスで教師になったり、医者になったり、弁護士になったり、村長さんになった人もいます。みんなオルドスでがんばっています。そんな彼らと触れ合ってこちらもオルドスに対する想いが溢れそうになりました。「これから自分ができること、それはオルドスと日本を結ぶこと」そして「どうせやるならオルドスで一番深刻な問題である砂漠緑化に挑戦しよう」その時、そう決心しました。
2004年10月から塩・重曹・麦飯石など内モンゴルの天然素材を日本で販売し、その売上の10%をオルドスの砂漠緑化事業に投入する会社バンベンを立ち上げました。

バンベン様(オルドスの風プロジェクト)の活動趣旨・目的について詳しくお聞かせください。

2003年に同窓会に参加したとき、僕が今後オルドスの砂漠緑化に取り組んでいきたい、と教え子たちに語ったところ、教え子の一人で村長になっていた者が、「先生、それならまずうちの村を見に来てください」ということになり、2004年にその村(スージー村)を視察しました。そこの人々は緑化に対する意識が高く、地下水も豊富で、ほんの30年前までは灌木の生い茂った緑豊かな場所だったとのことです。私の教え子が村長なので活動がスムーズに行えそうなこともあって、その村の「ウランダワ砂漠」を最初の植林地に決めました。「ウランダワ」とはモンゴル語で「赤い丘」という意味。面積は6000ha、で村の3分の1を占めています。 2004年末こちらが売り上げの一部2万元(約25万円)を寄付し、2005年春からスタートをすることになりました。その贈呈式がたまたま地元のニュースで取り上げられ、「オルドスに縁のある日本人がたった一人で緑化活動に取り組もうとしているのに我々が黙っているわけにはいかない」と地元政府からも資金がつぎ込まれました。2005年4月の第1回日中共同植林を行いました。日本人10名を含む約60名の人々により植林が進められました。以降毎年春と秋に日中共同植林が行われています。 地元の牧民たちは非常に協力的で、積極的に植林活動に参加したり、禁牧を守ったり、我々が調査に行った時は昼食を提供してくれたり、この緑化活動を自分たちの活動だという意識が感じられます。

私は「住民の生活向上をともなう砂漠緑化事業」を目指しています。 緑化事業は何十年も継続しなければならない事業です。長期にわたり資金を確保するために「援助や助成に頼らず、経済原則と地元の意識に根ざした対等なパートナーシップを築いた上で、砂漠緑化活動を行う」ということを考えました。この事業は決して慈善事業ではありません。あくまで経済原則に則って進めていきたいと思います。この事業には「与える者」「与えられる者」という一方的な立場は存在しません。すべての人が平等の立場でこの事業に参加していくことで事業の持続性や発展性が得られると思います。具体的には2004年10月より「バンベン」を立ち上げ、内モンゴルの岩塩・重曹・麦飯石等の販売を行っています。内モンゴルの商品で自分も収入を得、その売上の10%を内モンゴルに砂漠緑化という形でお返しする、ビジネスが拡大したら緑化も拡大する、その緑化した土地を有効利用して節水型の新しい農業など新たな事業につなげていく、というようなビジネスと生態系回復の持続的循環を作っていきたいと思っています。

バンベンという社名の由来は?

私の苗字「坂本」を中国語で発音すると「バンベン」になります。内モンゴルで現地の人たちに「バンベン、バンベン」と呼ばれ続け親しみのある音であるのと、文字にした時(バンベン・BanBen)形がかっこいいので、これを社名にしました。

主力商品の一つであるモンゴル岩塩との出会いのキッカケとは?

「砂漠緑化」を実践するにあたってどんなやり方がいいのか、いろいろ考えてみました。
まずJICAに勤めていた経験を活かしてODA(政府開発援助)を使って何億円の資金と最新の技術を投入すればあっという間に緑化が実現できるのではないか、と考えました。しかし、ODAには計画から実施まで時間がかかります。それに一旦実施が決まったら融通が効かない、援助終了後、うまく現地に引き継がれない、などの例もあり、全てがうまくいくとは限りません。膨大な税金を費やして、うまくいかなかったら大変なこと。とても責任が取れるものではありません。
次に考えたのはNGOを立ち上げて、寄付金や助成金を受けながら緑化事業を進めていくというものです。組織力を活かせる面もありますが、逆に組織が大きくなるといろんな意見が対立し、身動きが取れなくなる可能性もあります。また、資金を外部(寄付や助成金)に頼っていたら、今のように景気が悪い時にはなかなか資金が集まらずに継続した支援は難しくなります。何より、NGOのリーダーと言うのはカリスマ性がなければ人も金も集まりません。私には向いていないようです。
継続性のある方法、自分に合ったやり方とは・・・。最後にたどり着いたのが、「一人でビジネスを始める」ことでした。この方法だと最初は規模が小さくてもビジネスが続けば緑化事業も継続できます。緑化事業は何十年何百年と続けなければ意味のない事業です。それを実践するのに一番必要なものは「資金」。資金の面で自立できれば継続性が生まれます。そこで考えたのが「内モンゴルの特産物を日本で売って、その売上の一部を内モンゴルに緑化という形で還元する」という循環型のビジネス。動けば動くほど広がるビジネス、買物で世界を変えられる仕組み・・・。砂漠化に苦しむ内モンゴルの人々と自分だけでなく販売業者や消費者など、そこの関わる全ての人と地球がハッピーになれるビジネスができれば、それが砂漠緑化の最高のカタチになるはずです。そして一人で始めるやり方も自分に合っています。自立、マイペース、気が楽・・・。やりながら徐々にいろんな人を巻き込んで行けばいい、そう思いました。
もちろん欠点もあります。最初は規模が小さい、助成や寄付は受けにくい、商品が売れなければ野垂れ死ぬリスク、前例ないので何をどうしたらいいか悩む・・・。
とにかくアクション、動きながら考えていこうと思いました。内モンゴルと言えば石炭・天然ガス・レアアースといった地下資源やウール・カシミヤなどが有名ですが、個人としては扱いにくいものばかり。
そこで一番先に目を付けた特産物は「塩」。内モンゴルでの3年間の生活でモンゴルの塩の美味さは身に沁みて感じていました。モンゴル高原はかつて海だったので岩塩や湖塩が採れます。塩辛いだけでなく、ほのかな甘みを感じさせる塩。肉や野菜など素材の味を活かす塩。モンゴル料理の味付けはほとんどが塩ベース。とてもシンプルだが逆に言うとソースや香辛料などでごまかすことなく素材の味がそのまま感じられる、とても贅沢な料理ともいえます。そして素材の味を引き出すのがモンゴルの塩。
これがビジネスを始めるのに一番適している、そう考えた私は2004年8月に教え子らと3人でオルドスの塩の産地を視察。しかしどこも塩は美味しいのだが、規模が小さく、とても輸出できるような体制ではありませんでした。いろいろ情報を集めて、オルドスの西隣に内モンゴルで一番大きな塩工場のあることをつきとめ、早速、その塩工場のある吉蘭泰(ジランタイ)へ向いました。そして貿易担当者と商談。「内モンゴルの砂漠緑化の資金稼ぎのためにここの塩を日本で売りたい」と伝えるとその担当者曰く「じゃ、あなたは何百トン買ってくれるのか」「いや、一人で始めるのでまずは5トンか10トンくらいで・・・。」「それでは話にならない。コストが合わない」あっけなく商談決裂。ただその担当者は最後にいい情報を教えてくれました。「実は日本にはすでに総代理店がある。岐阜県にある木曽路物産という会社だ。」
日本に帰国後、すぐに岐阜県に向かい木曽路物産の社長に直談判。「志がいい。まだ九州でモンゴルの塩は広まっていないので九州の代理店として大いに塩を売って内モンゴルの砂漠緑化に貢献してほしい」と有難いお言葉をいただきました。この社長のご厚意により、モンゴルの塩を主に九州で売ることができることになりました。その他、重曹・クエン酸・麦飯石などの内モンゴルの天然素材もあります。
こうして2004年10月にまずは個人事業の形で「塩を売って緑を買う」バンベンを立ち上げることになったのです。

今も日本とモンゴルを往復する日々ですか?

オルドスには年に3回ほど行きます。春と秋は植林活動、夏にはビジネスを絡めた視察などを行っています。
日本では塩の販売など営業活動をしていますが、年に20回ほど環境・ソーシャルビジネス・国際協力などをテーマにした講演を行います。

普段の業務にあたって心がけていることは?

自分を売り込む「場」を多く持つこと、そこで共感の輪が広がるように、しっかり自分の事業をアピールすることを心がけています。

思い出深いエピソードがあれば教えてください。

青年海外協力隊時代、生徒が日本に興味を持ち日本語を熱心に勉強してくれたので、私も楽しく日本語を教えることができましたが、辛いこともたくさんありました。生活条件は厳しく、言葉に不自由し、生活の不便さに閉口し、食事も口に合わず、毎晩のように行われるアルコール度数62°の「オルドス白酒」の烈しい宴会・・・。寒さと乾燥のためよく風邪を引いていました。
その中でも当初、一番辛かったのは、「私が何のために来たのか、まったく理解してもらえなかった」ことです。「ボランティア」ということを理解してもらおうにも、当時のオルドスではそれにふさわしい言葉も概念もなかった。当初、周りの人は私のことを「モンゴル語を勉強しに来た青年」あるいは「事情があって日本を追われてきた日本人」など、とにかく「一人ぼっちでかわいそうな日本人」というふうに見られていたようです。
1991年12月、オルドスで初めて誕生日を迎えました。その時生徒から贈られたプレゼントは「花束」でもなく「ケーキ」でもなく、「内蒙古自治区地方糧票」と書かれたおもちゃのお金のような束。つまり食糧配給券の束でした。全部でざっと数えて500斤分。後で他の先生に聞いてみたら一人では2年かかっても使いきれない量とのこと。生徒一人ひとりが自分たちの使う分を少しずつ集めて、「あのかわいそうな日本の先生にこれで美味しいものを食べてほしい」とプレゼントしてくれたかと思うとうれしいやら情けないやらで目から涙が零れ落ちました。

今後の展望をお聞かせください。

現在までに約600ヘクタールの砂漠緑化が完了しました。今は緑化面積を稼ぐより、いかに生態系を回復しながら、現地の人々の生活を向上させるかというモデル作りに重心が移っています。具体的にいうと緑化した土地に「サージ」という栄養価の高い果樹を植えたり、「砂桃」というオリーブのような良質な食用油が採れる灌木の植林を始めました。サージも砂桃も元々オルドスに自生していたものですから、うまく育つ可能性が高いのです。現地の人たちはそれらの植物を植えることで砂漠化を止めるだけでなく、果実や種を販売することで収入を増やすこともできます。緑地化すればするほど、現地の人々の収入がUPしていき、私もそれを商品化して販売することによって事業を拡大することができます。それが広がっていくと砂漠化を止め、黄砂を軽減でき、本当の緑化ビジネスが完成します。まずは、2015年までにそのようなモデルを完成させ、その後、砂漠化が進んでいる他の地域にそのノウハウを普及していきたいと思います。

最後に、その他閲覧者に伝えたいことをお願いします。

9年間、ビジネスを通じた緑化事業を続けて、人々の環境に対する意識も少しずつ変わってきているということを実感しています。福岡では「バンベン」というと砂漠化問題をビジネスで解決する「社会起業家」として認知されはじめていて、徐々にですが応援してくれる、企業・個人が増えてきています。自分の志とそれに基づく行動が感動を呼び、共感を呼び、ビジネスや緑化の面での協力関係が生まれています。
今後はこのサイトを通じてより多くの方々にご協力いただきたいと思っています。具体的には顧客(エンドユーザー)や、 砂漠緑化支援商品の取扱店、 CSR(企業の社会的責任)で砂漠緑化を考えている企業・団体 、塩加工品、砂桃油などの商品開発・販売パートナー、オルドスで有望な日本の技術・商品のサプライヤー、講座・イベント、マスコミなど、あらゆる方面で協力していただける方を募集しています。
たった一人で始めた事業ですが、今後もいろんな方に協力していただきながら、ビジネス拡大と緑化拡大の好循環を生み出していきたいと思います。そして将来は緑化やビジネスだけではなく、教育・文化・観光・農業などあらゆる面で日本とオルドスを結ぶ、真の意味での「オルドス総合商社」を目指したいと思います。

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